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不動滝
角神温泉より徒歩約15分の近くにあるこの滝は、草倉銅山跡を貫流する不動沢にあります。不動滝入口付近はまたキャンプ地としても有名です。
(当ホテルより徒歩10分)
麒麟山
阿賀野川と、支流の常浪川の合流点にそびえたつ石英粗面岩の独立丘で中国の伝説の天馬“麒麟”に山容が似ているということから名付けられたもので、建長4年(1252)藤倉盛弘により築城されています。また、この山には、180余種、11変種もの植物があり、中北部日本の天然記念物に指定されております。
(当ホテルより車で10分)
岩谷平等寺薬師寺と将軍杉
三川村岩谷の平等寺の薬師堂は室町時代の木造建築で、大正12年に国の重要文化財として指定されました。この地は、平維茂(たいらのこれもち)の居館のあったところと伝えられております。また、ここにある巨大な将軍杉は昭和2年に国の天然記念物に指定されています。
(当ホテルより車で30分)
万治峠にある小川芋銭の碑
大日岳に源を発する実川渓谷の両岸は景勝地として知られ、渓谷の付近の万治峠には「野の画聖」といわれた小川芋銭の「わするなよ万治峠のほととぎす」の句碑がたっております。
(当ホテルより車40分、徒歩90分)
中村(武田)信重の墓
武田氏滅亡の後、信玄の曾孫にあたる信重が上杉氏を頼って、中村部落に定住し、姓も中村と改めた。慶安3年(1650)なくなった。子孫は江戸、会津で江戸秤座、会津秤座となった。
(当ホテルより車で15分)
中村護徳寺観音堂
(重要文化財)
室町末期の建立で、中世会津の領主であった芦名氏が伊達氏との抗争の際、その念持仏をひそかに中村の地へ移したといわれ、重臣たち33名の墨書が今なお残っております。
(当ホテルより車で15分)
菱潟観音時の即身仏
県内はもとより、近県の信仰も厚く“まいる身は、なおたのもしき観音寺えんなきものも助け給えば”全海上人は85才のとき死期をさとり端座合掌して、ミイラとなりました。
(当ホテルより車で30分)
草倉銅山跡
天文4年(1739)4月の発見と伝えられ、大正3年に閉山されるまで会津第一の山と称され銅山として全国でも屈指の鉱山であった。現在は廃坑跡がそのまま残されております。
(当ホテルより車20分、徒歩10分)
室谷洞窟遺跡
小瀬が沢洞窟遺跡から室谷川に沿ってさらに約8km余、室谷川水面から約50m、岩石崖上にあります。流紋岩の河川浸食による幅約7m、高さ約3m、奥行約8mの自然洞です。弥生、縄文時代の土器・石器、さらにより古い平底土器などが出土されています。なお、特色とされるものの一つに縄文前期の成人女性の人骨一体、部分的に男性の頭、下あごなども発掘されております。
(当ホテルより車で50分)
小瀬が沢洞窟遺跡
阿賀野川支流室谷川の南にそびえる標高444mの小瀬が沢山の中腹にあります。幅約2m、高さ6.5m、奥行7mの、流紋岩の亀裂による自然洞で、縄文時代早期の石器・土器・骨角器が多数出土しております。
(当ホテルより車40分、徒歩5分)
西山日光寺
開基については伝教・行基・弘法・徳一と諸説あるこの寺は津川町の南西約5kmの山中にあって、古来より伝説の山寺として広く知られており、また近くには名所旭滝があります。度々の火災に堂舎、什物を焼失したが、仁王門、鐘楼、及び元禄16年鋳の彫付のある梵鐘があります。
(当ホテルより車30分、徒歩30分)
高倉宮以仁王の墳墓
後白河天皇の第二王子・以仁王の墳墓が上川村中山にあると伝えられている。治承4年(1180)5月源頼政とはかり諸国の源氏を誘い平清盛討伐の命令を出すが、されぞれ清盛の知るところとなり頼政の家来筋に当る小国氏の領土上川村にかくれ、のち平氏方会津恵日寺の僧勝湛に襲われ以仁王はこの地で自殺したと伝えられております。
(当ホテルより車40分、徒歩15分)
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